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ベトナム・ハノイの日系企業で現地採用スタッフとして働きはじまめした。現地採用について、ベトナムについて綴っていきたいと思います。

選択について

最近時間があると、「現地採用 帰国後」とググっている。

将来が不安で不安で仕方がないからだ。

帰国したら職はあるのだろうか、現地採用の経験を評価してくれるところはあるのだろうか、そして評価されるようなスキル・経験とは何なのか・・・

 

今のところ、どの事項に関してもネガティブな意見しか見つからない。現地採用が帰国して日本で職を見つけるのは難しい、現地採用の経験は評価されにくい。

こうして私の思考も泥沼にはまり、数か月前に自分がした選択を悔やむようになった。

 

シーナ・アイエンガー著『選択の科学』の中に、努力してエリート街道を進み、弁護士になったレイチェルの話が出てくる。彼女は弁護士になって間もなく妊娠したことに気づく。母になると、これまで築いてきたキャリアに傷をつける可能性が大きい。一方で同じ弁護士である夫は子供をもつことがキャリアに影響することはないだろう。

「すべてを考慮した上で、自分はなお子供が欲しいだろうか?答えは、イエスだった。そこで彼女は、前途に待ち受ける難題に立ち向かう覚悟を決めたのだ。」

 

妊娠と転職は全く別の話だと思われるかもしれないが、私はこれを読んで、今の会社に内定をもらったときの自分を思い出した。

デメリットは数えきれないほどあった。今の上司にさえ、なぜこのキャリアを捨ててまでして来るのかと言われた。

すべてを考慮した上で、自分はなお海外で働きたいだろうか?

答えはイエスだった。

 

この本の中にもう一つ興味深い話があった。

自分の子供が、未熟児で生まれてきた。彼は今生命維持装置によって生かされている。このまま維持すれば生きることは可能だが、脳死状態のため今後話すことも動くこともできないだろうと医師から言われている。

彼の生命維持装置を外すか否か。

これを選択した時の状況が、両親の後の感情に大きく影響したのだ。

①医師が選択する

②両親が選択する

③医師の助言を受け、両親が選択する

①の場合、両親は「こうするしかなかったのだ」と思うそうである。医学の専門家が最善の判断を下したのだから、仕方がないのだと。

②の場合、両親は強い後悔と自責の念を抱いたそうだ。あの時こうしていれば良かったのではないかと。

③の場合、②と比較して両親の後悔と自責の感情は和らいだそうである。

 

重大な選択は他人に任せてしまった方が楽なのだ。自分で決める場合にも、他人からの「お墨付き」があれば少しでも他責にできる。

 

この2つの例から言えることは、選択には覚悟が必要だということ、そして自ら選択したことには後悔や自責の念が付きまとうということだ。

ここまで来て、今の私の状況は特殊な事例でもなんでもなく、自分で選択した人が漏れることなく通る道なのだということに気づかされた。

 

アイエンガー氏は、「選択は人生を切りひらく力になる」と述べている。切り開いたら思いのほか荒野ばかりが広がっていることもあるだろう。そこを砂漠にしてしまうのか、一本一本木を植えるのか、それとも灌漑設備を導入して一面の水田にするのかは開拓者の腕にかかっている。

 

漠然とした不安に思いを巡らせるのではなくて、この環境をいかに良くしていくのかを考えることに時間を使わなくては。

 

この本をくれて、迷いの中から引っ張り出してくれたmy significant otherに感謝。

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